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チリン・・・チリン・・・
かすかな風鈴の音に 夢の底からゆっくりと引き戻される
目を覚ましたが しばらく何処にいるのかわからなかった
天井に目のような形をした木目があるのを眺めているのだけど
何だか何も思い出せない
ここはどこで いつで わたしって 誰なのか 名前は何というのか
というより この自分という自覚が何なのか 全然わからない
頭の中がまっしろで な〜んにも浮かんでこないのだ
そんなことは初めてではなく 時々昼間の変な時間に眠ったりした時にそうなるので 別に驚きはしない
そういう時はじっとしたまま まともな意識が戻ってくるのをしばらく待っていると
ＵＰしたページが届くように 何もかもを思い出して 自分を取り戻すことが出来るのだ
（え？ＵＰしたページ？って・・・？）
で いつもの通りの昼寝なのに 今日は何だか長い長い夢を見ていたような気がする
ぼんやりと起き上がってお座敷を眺めてみる
開け放たれた縁側 すぐそばで聞える蝉の声
薄いグリーンの扇風機が寝る前と同じところで回っている
暑くって じっとりと汗ばんでいるけれど いつのまにか夕方の景色
見なれた光景のはずなのに 何だかずいぶん久しぶりに見るような気がして
何故か背中がぞくっとした
まだ夢の中にいるようなはっきりしない頭で 少しあせって考えてみる
ええと お座敷で寝転がって本を読んでいるうちに寝ちゃったんだ
あれ？今は夏休みなのかな？
宿題って何んだっけ？
私は何年生だっけ？
そのへんはどうしてかまだまっしろで なかなか浮かんでこない
タオルケットを膝にぼうっとしていると 縁側の逆光の中に人影が動いた
「ユ〜キ〜ノちゃ〜ん」
そう呼んで 立っていたのは隣のヒロコちゃんだった
「は〜あ〜い」（そうだよね 私はユキノ）
まだぼんやりと返事をして 何だか長いこと会わなかったみたいなヒロコちゃんを眺める
（昼寝の中で ヒロコちゃんの悲しい夢を見たような・・）
「あのね きょうご飯食べたらお祭り行って花火やろ」
真っ黒に日焼けしたヒロコちゃんは縁側に手をついてそう言った
花火・・？ 何だかすごくなつかしいような気がする
「うん いいよ〜」
なにか飲み込めないまま機械的に返事をすると
「じゃあ早くご飯食べてくるね〜」
ヒロコちゃんはそう言ってお隣に帰っていった
「あら 起きたの？」
振り向くとお母さんが畳んだ洗濯物を持って入ってくるところだった
「どうしたの？ぼんやりして」
「何だか変な夢みてたみたい」私が言うと
「ユキノは寝起きが悪いから」お母さんは気にもとめず
「お父さんが帰っているからお台所手伝ってちょうだい」と言った
お父さん？お父さんはずっといなかったよね と何かを思い出しかけ
また背中がちょっとぞくっとした
「お父さん いるの？」
「さっき出張から帰ってらしたわよ」
そうか 出張でいなかったんだ でもどのくらいだっけ？
茶の間に行くと 西日が差し込む窓を背に お父さんが
ランニングシャツ姿でテレビの大相撲を観ながらビールを飲んでいた
卓袱台には胡瓜の酢の物 鯵のフライ それに雪印のチーズ
「お帰りなさい」と言ったものの何だかめまいがするような不思議な感覚にとらわれて
入口に突っ立ったままの私を見て 「ただいま どうしたんだ？」とお父さんが笑った
西日がセピア色に翳る中に白い歯が光って 何だかお父さん若くなったみたいだ
「お父さん 久しぶりだね」
「二晩いなかっただけだろう 寂しかったのか？」
「さびしくなんかないよっ」
私は憎まれ口をたたいて お父さんの前のチーズをつまんで口に入れた
その時 急にあることを思い出した
「ねえお父さん こないだ昼寝のあいだに一生の夢を見た人のお話してくれたでしょう？」
「ん？ ああ邯鄲の話か」
そうだ 邯鄲の話
そのとたん 霧のようなものが晴れて どこかに飛んでいた意識が
いっぺんに繋がったような気分になった
ああ あの話を聞いたから さっきは私もそういう夢をみていたんだ
大きくなって 大人になってずうっと生きていく 長い長い長い夢・・・
すごく長い夢だったけれど 邯鄲の盧生みたいにほんのいっときのことだったんだ
お父さんやヒロコちゃんがずっといなかったみたいだったのもみんな夢だったんだ
な〜んだ そうだったんだ・・・
「うん 私もさっきそんな夢を見たみたい 30分くらいしか寝てなかったのに
ず〜っと夢みていたみたい」
「盧生みたいに王様になったのか？ユキノはすぐ影響されるからなあ」
お父さんは言ってまた笑った
「ならないよ でも大人になってずーっと・・・」
言いながら もう夢の気分だけ残って どんな夢だったか全然覚えてないことに気がついた
「わかんない 忘れちゃった」
「でも良かったあ・・・・夢で」
ふうっと息をつくと やっと普段の感覚が戻ってきて 嬉しくなった
そうだ わたしはナガオユキノ3年１組23番
今は夏休みで 自由研究は星空のかんさつ
来週は横浜のおばあちゃんの家に遊びに行くんだった
それに今日はまどろみ神社のお祭り
おまつりに行って花火を買って ヒロコちゃんとやるんだっけ
「ユキノちゃん みんなのお茶わんならべてね」
お母さんがいそがしそうに入ってきました
わたしはきょうゆかたがきたくなって おかあさんに「おまつりに金魚のゆかたでいってもいい？」ときくと
お母さんは「いいわよ」と言いました
わたしはきんぎょのゆかたがとてもすきなので とてもうれしくなりました
おまつりでわたあめを買って 花火をするとおもうとわくわくします
でもあすはとうこう日なので ねぼうしないように気をつけようとおもいます
みぞ田先生やクラスの友だちにあえるのがたのしみです