・湯船にて木枯聞けばよみがへる流浪の寒さ前世と思ふ
・藤の木の節くれ立ちし冬姿あんたも少し枯れたらと言ふ
・窓越しの陽は穏やかに傾きてうしろすがたの秋は歩めり
・キャスケット目深に被りうつむきて君何思ふコインランドリー
・真夜中に噛みし林檎の蜜といふ毒のまはりて死のごと眠る
・明日霜にあたりて死すと思へども菊は乱れてけふを咲きをり
・億年の強さを秘めてやはらかき翡翠となりぬ銀杏の実は
・赤は黄を黄は赤点（さ）して繚乱のもみぢは黙して重なりてをり
・晩秋に返る躑躅の紅ほのか睫のごとき蘂（しべ）の優しき
・霜月の果つる雨夜の闇遠く飛ばすメールは下手すれば恋
・殉職の御霊は砂漠の花となり月に濡るるか祖国思ひて
・星のごとうつくしき言くれなゐのワインに浮かべくちづけをせむ
・エスケープ４８階東京を切り裂く雷に護られてふたり
・悪気なくおまへと呼ぶを止めぬ君わたしもあんたと呼んでやらうか
・霜降ればあまたのつぼみ見放して木のごと育ちし朝顔を抜く
・雪降ればさみしくないよと言ふ君の雪の足跡夢で辿らむ
・雨音は今宵ショパンに聞えざりマーラー５番に頬杖をつく
・銀色のデリンジャーを護符のごと夢の荒野へ放たれゆきし
・灼かるれば藻屑となりて消へゆかむＭ４２の青き炎に
・孤高なる狼眠りて静もりし雪の峰より銀河立ちたる
・かき寄せてかき寄せてなほ寒かりし紅のショールに寂しさを抱く
・珈琲を毒薬のごと飲み干して去らぬ痛みに立ちつくしてをり
・シナモンにかなしみ混ぜて泡立てしそれでも甘き今日のカプチーノ
・玻璃のごと危ふきものを愛すれば玻璃踏むごとき道となるらむ
・攫はれしカイのごと君遠くゐてゲルダになれぬ我のかなしみ
・立春の夕焼空はシスティーナの画に似たりなば天使をさがす
・遠ざかる火星の我を招きたり百年後にはかの地に生まれむ
・ディスカバーウエストなんて傷口に塩塗るやうなＣＭ見てをりぬ
・静止せるラストシーンは空蒼き蒼きまひるのアメリカの闇
・Bon Rouge 注げば僅かに潤ひぬわたくしといふ不毛の砂漠
・港の灯雨に滲みし旅ごころ長きメールを打ち終わりたる
・夢よぎる君がバイクはきらきらと木漏れ日散らし駆け抜け行くや
・若草の微かにそよぐ風ありて長き睫の吾子は眠れり
・絵のやうな薔薇の庭ねと微笑みし君が薔薇とは気づかぬ少女よ
