「僕の知らない香りだね」と彼が言う
そうね あの頃は何をつけていたのかしら
「禅」の黒い壜を思い出す
時々ダナの「TABU」なんてつけてみたり
２０代のあの頃には 背伸びだったかもしれないわね
あなたはバルカンのトワレだった
ふふっ 考えてみたらまだ学生だったくせにね
でもとても雰囲気に合っていたわよ
あれからしばらくして
バルカンのトワレを買って あなたを懐かしんだ
使いはしないまま 抽斗の奥に
２０年以上眠っていたのではないかしら
でもそんなこと 口が裂けても言わないわ
まるで何十年かに一度現れる流星みたいなあなたを
不思議な気持ちで眺めてみる
何もかもが変わってしまったのに
二人でいる時はエアポケットに入ったように
あの頃のまま 何も変わっていない
でもやはり時は流れていて 決して止まることはないのね
「モロッコに行きたいの」 私は思いついて言う
「砂丘に寝そべってね 満天の星を見てみたい
月の砂漠を歩いてみたいわ」
「うん いいね」 彼は深々とした眼で真っ直ぐ私を見つめながら言う
「いつか行こう 一緒に行こう」
今だけの真実はほろにがいけれど いったい真実って何なの？
「そうね 二人でね」という言葉が
「一人でね いつか行くのよ」という言葉と交差して
私も彼を見つめながら微笑む
砂漠を渡る風はどんな香り
乾いた風に花の香りが混じる
遥か彼方に流れている水の香り
それとも倒れた駱駝の上に降りそそいだ
月の涙の香り
ラスト・ノートはアンバーと羊歯
今の私の香水はね
「ＤＵＮＥ」
